われらの偉大なるドーチェ(総領)ハシモトへ


今回の結果はむしろ奇跡の成果だといえる。

このような抽象的な事案でほんの1万票で競り合うという状況は、大阪市庁舎が焼き討ちにでも合いそうな状況でありながら、ほんの8年前には誰にも思いつかなかった。



今回の投票は歴史的なものだった、そしてそれは「この結果」を受けて完全に確立したものになった。

それが「いまここで実現までしなかった」ということは責められるべきことではない。


「この政治事業」の歴史的成果とは前の手紙にも書いたように「(市民が)市民の直接投票が行政(体制)を変え得る、と体感する」事が全てだった。

結果反対派の失敗によってこれは「投票が始まる前に」結果が出てしまった。


現在市民は「投票で物事が変わる」と体感している。


そして大勢はまったく動いていない、むしろ歴史的に見て「最良」の状態だ。
議会の構成、市民の意思、そしてその優位にありながら「惜敗した」この状況。


さらに素晴らしいことにたった六ヶ月後には市長選知事選が控えているという「現実」だ。


維新の党は何をするべきか?

それについてつらつらと述べるのは冗漫すぎるのでやめよう、「好機の生かし方」には定まった形など無い。



8年間、人生のおよそ1/10を費やした事業の結果は「最高だった」と表現していたが、私もこの結果は「最良」であると思う。

一市民として、市民の代表に立った政治家、しかも「独裁官」というような最高の権威を務めたものが、再び一市民に戻るというのは古代ではごくありふれた事だが、それをあなたは「再興」した。



ただ最後に老婆心ながら示すとすれば、カエサルの例に倣い、アウグストゥスを選べということだ。

その若者は苦難の道を歩むことになるだろうが、結果あなたより優れた政治家としての成果に恵まれるはずだ。

それはあなたが立ち、道をつけたからである。


偉大なるドーチェ(頭領) ハシモトへ
一市民 義巨より。

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