まあ、派閥争いについてはそれなりに知っていて、実際に一つに統合するのは「無理」とは思うが、イスラム国を認めてしまった方が良いところもあるな、という話。


【適正な統治は文化に拠る】


適正な「統治」を達成するにはその人々の持つ「文化」への配慮が欠かせない。

現在ロシアにプーチンという「ツァーリ」が存在するのも、イギリスや日本はもう少し賢明に「王制」や「天皇制」を維持しているのも決して偶然ではない。

アメリカはローマ型だが結局「有力門閥」が存在する(歴史が浅いので良くわからないだけだ)。

政治というのはあるところでは「力」であるので(法という「律」を作り変えられるのが「政治」である)。

「継続することによる力(権威)」はときに必要でさえある(議論が、ましてや投票が常に最適な答えを出すというのは「誤解」だ、僕自身緊急事態には天皇制に回帰する「緊急回避システム」を構想することもある)。


日本にあった「企業による統治(終身雇用期の「雇用」はほぼ「統治単位」に等しかったと思う、なんせ「どの企業に属するか?」が「社会的信用」を意味したのだ)」もあの段階では間違いではなかったのかもしれない、と思う。


話を戻すと、イスラム教徒が「カリフ制」を立てることが出来るならそれはきっと良い結果を生むだろう(テロ組織よりも、国家や共同体のような「持つ者」のほうがはるかに交渉しやすい)。

時代がかっている?

結局統治システムなんてギリシア時代にはほぼ完成していたようなものだ。
現在の政治システムもそれらの『歴史的資産』を「取捨」や「バランス調整」をしているに過ぎない。

繰り返しになるが君主制が間違っているというのは一種の錯覚だろう、利害入り乱れる100人で議論をするのと、素養のある1人の熟慮でどちらがマシかはわからない。

現在まともな国ではバランスはともかく、この二つが並立しているのが普通だ(大統領制なんて最たるものだ)。


日本は第二次大戦で「民主化」したと思われがちだが、むしろ第二次大戦前から「民主国家」だった。
当時としては常識的な「選挙制度」を持っていたし、開戦を決定したのもほぼ「民主政治家」だ。


アフガニスタンも別に「文明化」してもらわなくても「ロヤ・ジルガ(大会議)」というシステムを持っていた。
それが運用できなくなったのはイギリスやロシアの介入の結果、地域が混乱したからだ。


【彼らを『国家承認』をすると彼らの存在意義は大きく揺らぐ】


そもそも彼らが武力行使を正当化できるのは、彼らを認めないからだ。

イスラム系であれなんであれ過激派、テロ組織というのは根本的に「現状変更」をしないと実現できない大義があるから武力を行使する。

これを単に「暴力、ゲリラ」と見做すのは『旧列強国』に都合の良すぎる解釈という見方がある、かつてアメリカの有力な軍事専門家のパウエル元参謀総長も「ゲリラは逆から見ればフリーダムファイターという事もある」と発言している。

世界における「イスラム圏」の現在「正当」とされている国家が「欧米列強の紐付き」とみなされる事情も「歴史的にやむ得ない」と思われる(実態は必ずしもそうではないと思うが)。


そういう意味では「イスラム圏で真のカリフを決定するならば」という条件でISも承認してしまえばいいのではないか(もちろん拒否される可能性は高いが、彼らの大義は毀損されるだろう)。


現在のアラブ諸国も激怒するかもしれないが、カリフ(ムハンマドの後継者)ももともとは合議で選ばれていた(シーア派はその状況を「良し」とはしないと思うが、歴史的、そして現在の事実であることは認めるだろう)。


彼らの「公正な伝統」を支持し、それを「カリフ」か「カリフの代行」と呼ぶかは別にして『正統』をつくる努力を進めるべきだろうと思う。

そうすれば・・・7代先くらいにはなんとか収まりがつく方向に進んで行くかもしれない。


・・・まあ、これが今の段階で「実現性はほぼ無い」のは間違いが無いけれど。

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