本日のオススメ。

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    はじめから無効化した制度を導入した日本企業」で『目標管理制度の導入がイケテナカった』という話をしました。

    とはいえこれは「日本ではよくあるダメパターン」でもあるともお話しました。
    それとは逆に「外国から学べ」を成功した直近の事例『明治維新』の例ではどうでしょう?

    【本質を捉えるまで徹底して学んだ明治】


    明治と「ショーワ」の違いはどこにあるのでしょう?

    まず、様々な事を「丸呑み」で学ぼうとしました。
    そしてそれに対して「ケチケチ」していません。

    日本は幕藩時代から世界各国に留学生を派遣し、実際を「見聞」させようとしました。

    色々な論点はありますが、このときの「留学」は現代のMBA留学のような傍流ではなく、主流の取り組みとして実行されていて、留学してきた人たちが実際に制度設計や行政の主流にかかわっていく事になります。

    留学生とはすこし違いますが「岩倉具視使節団」などは座長の岩倉具視はもちろん、明治の立役者大久保利通もふくまれ「首脳」が直々に見聞を広げに行っています。

    また現代とは違い「留学組」を色眼鏡で見て傍流に追い込むような振る舞いはありません。
    (逆に内向的になりすぎた士族などの反乱には苦しみます)

    【留学組の重用とお雇い外国人制度】


    外国視察(留学)をしてきた人間は政府はおろか陸海軍の首脳もかためています。
    (山県有朋、山本権兵衛という初期の大立物は2人とも「視察旅行」という範囲を超えて海外で学んでいます)

    榎本武揚などは最後は幕府軍の総司令官までやって、北海道独立なんて事までぶちあげた人間でしたが国際法の知見があったため、攻め手の黒田清隆の助命嘆願もあり生存、最終的には明治政府の高官になっています。

    お雇い外国人もこの表を見れば「お金儲けにかかわる」とか「富国強兵に役立つところだけうまくツマミ食いしてやろう」というような安易さはなく、文字通り「すべてを学ぶ」気概があった事がわかります。

    【真髄を学ぶまで学ぶ-明治憲法】


    これは明治政府が動き始めても継続し伊藤 博文も「憲法」を学ぶために、一年以上欧州に滞在し「各国を」回っています。

    この「各国を」というのが重要で......

    「イギリスの圧倒的な憲法(紳士協定(常識)としてみんなが把握しているが、成文が存在しない!!)」
    「ドイツのハードな法律のあり方(逆に大陸法で成文がカタイ)」

    ......などに打ちのめされますが、最終的にはウィーン大学のシュタイン教授に師事を受け「憲法とは国体(歴史)なり」という結論を得て帰国します。

    (シュタイン教授はそれでもつれて帰りたかったようですが高齢でもありそれは叶いませんでした)


    大日本帝国憲法について「知らずに語る」向きが多いのですが、天皇の祝詞(祖先代々への感謝と誓い)から始まるこの憲法は正しく日本的で、穏やかなものです。

    もっとドイツ的で天皇陛下に「皇帝」的強権を与えたいという主張も存在しましたが最終的には「穏やかな憲法」......当時としては世界で類を見ないほど国民の権利を重視した憲法になりました……

    ……その理由は優等生的に「リベラル」を気取ったからではなく、日本が「元々そういう国だったから!!」です!!

    日本の元首である天皇陛下は本来的に「中華的な帝王」ではなく、むしろ民のかまどの逸話などからもわかるように歴史的にも世界的にはめずらしい「国民に寄り添う元首」でした。

    (まあ途中では少し生臭いお方もおられますが、それでもそれは「民をどうこうして云々」というのではなく、あくまでも「権力者内での勢力争い」をしているにすぎません。江戸時代に書かれた落語や、明治になってからの夏目漱石の作品などを見れば日本の「戦前」にも現代につながる自由で明るい空気が充満していた事がわかるでしょう……日本の戦前を叩く人達が言う『天皇独裁の統制国家』は実は「戦中、しかも敗戦前」に現れたパニック(とご聖断による終戦を考えると「緊急避難」)に過ぎません……そもそも灯火管制だとかが必要な「(国際法違反の)空襲多発」なんて状況は敗戦間際だけです)


    ……この憲法のもとで日本は「真の奇跡の成長(昭和をはるかに上回る!!)」を遂げて、「東洋の半文明国」から「世界唯一の有色人種の列強」へと肩を並べる事になりました(これから見れば第二次大戦後の成長は単なる「復興」です)。

    まさに「本質を学び、それを生かした」最大の例が大日本帝国憲法だったのです。


    第二次大戦の結果は「勝敗は兵家の常」という以上のものではありません。
    (しかし日本国が「再び立ち上がる」ことができるのは無形の構築物か国民の中に築かれているからです)

    とはいえ「習い性」だけではなく「真摯に学ぶ」事が出来る知的好奇心のある国柄と歴史が日本にはいくつもあります......もちろんそうでない時期もあるのですが(笑)文字通り「一度でも」学び変革ができた国は少ないのですその力を自覚して、活かしていく必要があるでしょう。


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